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研究者インタビュー No.1

カーボンリサイクルファンド(CRF)から研究助成を行った研究者にCRF助成制度についての感想や秘められた研究者の想い、今後の展望をインタビューし、熱く語っていただきました。

 

 

インタビュー先:国立研究開発法人 産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター
竹内勝彦先生
CRF研究助成テーマ「超高効率なCO2利用ポリウレタン原料製造法の開発」(2021年度)

1.研究までの道のりと研究概要

―先生のご経歴を教えてください。

 

私は大学4年生から博士課程修了まで、筑波大学で有機ケイ素化合物の研究を行っていました。博士論文のテーマは「ケイ素-ケイ素三重結合化合物ジシリンと含酸素、窒素、ホウ素有機小分子との反応性」というものであり、今まで世の中に存在しなかったケイ素-ケイ素三重結合化合物という新しい化合物の性質を明らかにするという目的で研究に取り組んでいました。一見、現在取り組んでいる二酸化炭素(CO2)の研究とは関係がないものですが、自分の手で様々な分子設計を考えて新しい化合物を作り出すことに関心を持っていました。

 

当時、ケイ素-ケイ素三重結合化合物といろいろな小分子の反応性を試していたのですが、どうしても反応性を示さなかったのが水素とCO2というシンプルな分子でした。それがきっかけとなり、有機リン・ホウ化合物を組み合わせて水素やCO2を活性化する研究を行っているカナダ・トロント大学のDoug W. Stephan先生の研究に興味を持ちました。そして、博士号取得後に日本学術振興会の海外特別研究員としてStephan先生の研究室に留学し、そこでCO2の研究に初めて関わることになりました。

 

その後、京都大学化学研究所の小澤文幸先生の研究室に助教として、一度CO2の研究から離れ、そこで様々な遷移金属錯体触媒を開発しました。ですが、新しく作った触媒によって活性化させる分子の候補として再びCO2を用いることを着想しまして、「CO2から世の中の役に立つものを作る」ことがこれから重要になると思い、ギ酸などの有用化合物の合成を行っていました。

 

そして、2017年に現所属である産業技術総合研究所(産総研・AIST)、触媒化学融合研究センターの研究員公募にて、「二酸化炭素または二酸化ケイ素を活性化する触媒開発を行う人材」という公募課題を見つけ、私の研究経歴にこれ以上マッチした公募はないと思い、迷わずに応募し、2018年から産総研のテニュアトラック研究員として採用していただきました。ここからようやく、現在の研究が始まります。

 

―現在の研究に取り組まれたきっかけは何ですか。

 

私が産総研に着任してすぐ、私の所属したチームと民間企業とでCO2からポリウレタン原料を製造することを目指す共同研究が始まり、そこに参画することになったことがきっかけです。所属チームでは既にCO2からポリウレタン原料を製造する反応を開発しておりましたが、当時は反応圧力や反応効率などが基礎研究レベルに留まっており、その反応を実用可能なレベルに引き上げることが私のミッションとなりました。

 

―研究の内容について教えてください。

 

現在の研究では、ポリウレタン原料のジイソシアネートをCO2から合成することを目指しています。ポリウレタンは我々にとって非常に身近な素材で、衣類や合成皮革、寝具などのクッション、梱包材、塗料や断熱材、自動車のパーツ、ゴルフボールなどあらゆる用途で活用されています。このポリウレタン原料の一つであるジイソシアネートは工業的には毒性の高いホスゲンを使用して製造されていますが、ホスゲンは毒ガスとして知られている猛毒の化合物であり、厳しい管理が必要となります。さらに、ホスゲンは化石資源由来の一酸化炭素を塩素と反応させて作られており、安全面及び環境面からもホスゲンの代替物を探すことが産業界から求められています。

 

―その課題を、CO2を活用すれば解決できるのですか。

 

そのように考えています。ジイソシアネートにはカルボニル基(CO)が含まれており、その導入にホスゲンが用いられているのですが、このCOをCO2由来にすることが可能になればCO2をポリウレタン中に閉じ込めることができます。ポリウレタン製品は10~20年程度の期間で使用されるため、CO2を長期にわたって固定化することができます。

 

所属チームでは、CO2の活性化にテトラメトキシシラン(TMOS)というシリカゲルなどの原料として知られる有機ケイ素化合物を再生・再利用しながら使用する、処理が困難な廃棄物が発生しない環境調和型ポリウレタン原料合成法を考案していたのですが、その実用化には大きな課題が3つありました。

 

1つ目は50気圧という反応圧力の高さです。工場でCO2を大量に使用する際、高圧ガス保安法の制限を受けない10気圧以下にすることが求められていました。2つ目は反応時間が24時間以上と非常に長いことです。24時間も加熱し続けるのは製造に対応するには、あまりにも非効率でした。3つ目は実際のポリウレタン原料となる化合物の収率が不十分なことであり、実用化のためには反応の選択性をさらに高める必要がありました。こうした課題を解決することは、実用化を目指す上で必須であり、企業との共同研究を通して初めて見えたポイントです。

 

2.CRF助成の活用とその効果

CRFの助成金には、どのようなメリットがありましたか。

 

以上の課題の解決を目指すためにいくつかのアプローチを試したのですが、そのうちの1つが「反応機構解析」です。触媒とCO2との反応形態及び反応時間を長くする要因といった反応のメカニズムについて、実験と理論計算の両面から解析することで、課題解決のポイントが見えてくるのではないかと考えたのです。

 

しかし、このような新しい研究テーマを産総研のような国立研究機関で実施する場合、研究を行う人手の確保が大きな問題となっていました。当時は私も別の研究テーマを複数抱えており、新しい研究テーマに取り組むことは困難な状況下でしたが、CRFが研究員を増員するのに十分な研究助成を行っていることを知り、「超高効率なCO2利用ポリウレタン原料製造法の開発」という研究課題で応募させていただき、幸運にも採択をいただくことできました。

 
私が提案させていただいた研究テーマは基礎研究的な側面もあるため、文部科学省管轄の科研費を獲得するという選択肢もありました。しかし、私のような若手が個人として獲得できるような規模の金額では、研究員を1名雇い入れるのにも不十分でした。一方、実用化を目指す研究テーマでもあるため、経済産業省管轄の国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究助成を受けることも考えましたが、別テーマにて研究代表者としてNEDOの研究助成をすでに獲得していたため、こちらに応募するのは難しいと思っていました。そこで、CRFのような第三極の民間財団から、研究員を1名雇えるレベルの助成がいただけるのは非常に魅力的でした。CRFの助成金は、科研費とNEDOプロのちょうど中間のような、学術的な面白さと実用研究の間をつなぐような助成であると感じています。まだNEDOプロに応募するには厳しい段階の基礎研究を、実用化に向けて引き上げるためにも活用しやすいのではないかと思います。
 

―支援を受けたことで、実際にどのように研究を進められたのでしょうか。

 

実験・理論計算の両面から反応機構解析を行うこととしましたが、反応系が複雑であることからいきなり理論計算を実施することが困難であったため、実験的に反応中間体を単離することから取り組みました。不安定な反応中間体を単離することはなかなか難しかったのですが、CO2を過溶解させた溶液中で再結晶を行うことで、CO2が触媒に取り込まれた中間体を単離することに成功しました。そして、この中間体の反応性調査と理論計算によって反応機構解析を進めることができました。反応機構解析の結果は当初の我々の考えとは異なり、実際にはCO2活性化反応の次の反応段階である触媒とTMOSとの反応が重要であることがわかりました。そして、学生時代に学んできた知識も活かし、反応溶媒の改良や助触媒の添加によって劇的に反応効率を向上させることができました。最終的には50気圧24時間時間を「1気圧2時間」まで改善でき、共同研究先も驚くほどの成果が出せました。

 

3.今後の展望

―先生のご研究は、社会的にどのようなインパクトがあるとお考えですか。

 

この研究の手法を実用化し、世界中のポリウレタンをCO2由来のものに置き換えることができたと仮定すると、期待されるCO2固定化量は年間500万tになります。さらに、10~20年間というポリウレタン製品の寿命を考慮すると、実質的には年間5000万t~1億tのCO2を固定化できることになります。また、ポリウレタンそのものの改良によってより長寿命の製品を作り出すことが出来れば、より一層のCO2固定化も期待できるでしょう。

 

現在、CRFの研究助成で得られた成果がきっかけの一つとなり、民間企業との共同研究という形で、NEDOの超大型プロジェクトに採択をいただきました。このプロジェクトでは、私達がこれまで開発してきたCO2からのポリウレタン原料製造法を工業化することを目標のひとつとしています。そして、企業の研究者の方々と連携していくことで、先程挙げたような課題を解決してCO2からのポリウレタン原料製造法の社会実装を達成できると信じています。

 

―研究を社会実装へつなげることの意義は何でしょうか。

 

今、CO2利用の研究を本気でやるということは、その社会実装を必ず成し遂げるということと同義であると考えています。

 

実は、CO2を原料として化学品を合成する研究は古くから多くの研究者が取り組んでおり、それほど新しい化学ではありません。しかし、CO2利用に関する先人の研究成果が積み上げられてきた現在では、ほとんど成し遂げられていない社会実装の実現を目指すことが、CO2利用反応の研究に残された挑戦であるのではないかと思います。

 

私も最初は学術的な興味からCO2利用反応の開発に関わることになりましたが、現在は社会実装に目を向けて研究を進めているつもりです。現在のように民間企業の方々とお話する機会を得て、実用化に必要な課題をはっきりさせることで基礎研究を社会実装へとつなげる道筋が見えるようになってきたと思っています。一方、学術的な興味に基づいた挑戦的、突発的なアイディアが実用化のブレイクスルーになることも同時に経験し、基礎化学的な見地も重要であることも改めて感じることが出来ました。

 

とはいえ、私が取り組んでいる反応開発を社会実装するだけでは地球温暖化問題の解決に必要なCO2排出量削減を達成することは困難です。そのため、同じ志を持つ仲間がもっと必要と考えています。削減すべきCO2は大量にありますので、私はCO2削減の社会実装を目指す研究者は「ライバル」ではなく「仲間」として考えています。そして、CO2排出量削減に興味のある多くの研究者が、切磋琢磨しながら様々な手法で本気でCO2削減技術の研究に取り組み、それを社会実装へつなげていくことがCO2排出量削減の目標達成につながると信じています。そのためにも、まずは私自身が先陣を切り、CO2利用反応の社会実装を必ず成し遂げることで、CO2排出量削減に取り組みたい研究者に勇気を与えることができたらと思っています。

 

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