研究者インタビュー No.2
カーボンリサイクルファンド(CRF)から研究助成を行った研究者に、CRF助成制度についての感想や秘められた研究者の想い、今後の展望をインタビューし、熱く語っていただきました。
インタビュー先:北里大学 海洋生命科学部
安元剛先生
CRF研究助成テーマ「廃海水と生体アミンを用いた新たなCO2鉱物化法の開発」(2021年度)
1.研究までの道のりと研究概要
―先生のご経歴について教えてください。
叔父のアドバイスもあり、大学では高知大学理学部の化学科へ。研究室では海洋生物由来の化学物質の構造解析を学びました。徳島大学大学院で薬学の博士号を取得した後は、島根大学の医学部微生物免疫学講座で化学療法、感染免疫、病原微生物などを新たに学びました。その後、赴任したのが現在の北里大学海洋生命科学部です。もともとやりたかった海の研究に、戻ってきた形です。
―先生の研究内容について教えてください。
北里大学では、炭酸カルシウムを作る細菌のメカニズムについて調べていました。炭酸カルシウムは、シアノバクテリアや尿素分解菌といった細菌の代謝によって作られると考えられてきました。ところが実験の際、容器の蓋を開けておくと炭酸カルシウムができるのに、ビニールテープで密閉しておくとできない。これは細菌の代謝ではなく、CO2を吸収する物質によるものではないかと考えました。
バクテリアは成長過程でポリアミンをアンモニアと共にたくさん作ります。このアミン系物質がCO2を吸収するので、結果的に炭酸カルシウムができる。バクテリアの次にサンゴを調べてみたところ、サンゴの石灰化メカニズムとポリアミンが関係している可能性が見えてきました。
植物の光合成がCO2固定を担っているのは有名ですが、海洋生物がCO2固定をしているとの認識は広まっていません。私たちは新たなCO2固定法の開発を目指して、海洋生物のバイオミネラリゼーションのメカニズム解明に取り組んでいます。
CO2を鉱物化する研究はヨーロッパでも前例がありますが、熱をかけてCO2を分離回収してから地中に埋め、何年も何年もその状態を維持して炭酸カルシウムを作る方法です。これではなかなか早期に実現するのは困難です。ところが私たちの方法では、アミンで吸収したCO2を海水と混ぜるだけで、あっという間に炭酸カルシウムができます。この手法を何とか実用化し、社会実装したいと考えています。海水は膨大ですから、全大気中のCO2を220回程度、炭酸カルシウムとして固定できるだけの十分なポテンシャルがあるのです。
このような研究内容を国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)主催のイベントで発表したところ、株式会社日本海水の担当者が声をかけてくれて、バイオミネラリゼーションの第一人者である東京大学の鈴木道生先生と一緒に取り組むことになりました。現在は、出光興産、産総研(井口亮先生)、琉球大学(安元純先生)が加わり、NEDOの支援を受けて実証試験の準備をしています。
2.CRF助成の活用とその効果
―CRFの助成金には、どのようなメリットがありましたか。
CRFの助成金は用途の自由度が高い点が非常に助かりました。具体的には、ポリアミンがCO2を効率よく吸収し、海水と混合するだけで炭酸カルシウムの製造が可能であることを証明する実験などに使わせていただきましたが、色々な条件下での実験ができたのは良かったですね。
また、CRFの報告会では、さまざまな研究者や企業の方と交流できました。様々な方の研究を知ることができ、企業の方とも交流できる良い機会でした。
3.今後の展望
―具体的には、どのような事業化を想定していますか。
廃海水と生体アミンから、CO2を炭酸カルシウムとして固定化できれば、炭酸カルシウムの用途のひとつである建築材料や、セメントの製造にも大いに活用できます。コンクリート骨材やアスファルト添加材、製紙、化粧品、顔料、食品などあらゆる産業利用が可能でしょう。
また火力発電所やセメント工場はほとんどの場合、排熱処理のために沿岸域に設置されていますが、工場付近の海水を採水して炭酸カルシウムを製造する設備を設置していくことで、将来的に工場排ガスから出るCO2をゼロにできるかもしれません。
―カーボンニュートラルに向けた可能性が、大きく広がりますね。
炭酸カルシウムによってCO2を固定する事業が世に広まっていけば、海の生き物も同じようにCO2の固定化に寄与しているという議論がしやすくなります。今、CO2と気候変動の関係がいろいろと言われていますが、現代の大気中のCO2濃度は、原始時代の97%から1気圧下で0.04%と大きく減少しているのです。長い地球史から見ますと、現代は意外にもCO2が少ない時代なのです。
では、減少したCO2はどこへ行ったのか。地球上の炭素分布をみると、全炭素の約半分はカンブリア紀以降に一斉に誕生した有孔虫や円石藻、貝、珊瑚などの石灰化を行う海洋生物を起源とする「炭酸塩堆積物」で、残り半分は光合成生物によってできた「石炭や石油などの化石燃料」です。つまり、かつて膨大にあった大気中のCO2は、石灰化と光合成という2つの生命活動によって、炭酸塩の堆積物もしくは化石燃料になることで減ってきたのです。
化石燃料を燃やすと、光合成生物によって固定化されたCO2が再びCO2に戻ってしまいますから、CO2を減らすには石灰化、つまり炭酸カルシウムにして構造物に入れるのがいいのです。長い地球の歴史は、私たち人類にそう語りかけているのだと思います。
そう考えれば、炭酸塩の蓄積物であるサンゴを守ることにも非常に大きな意味が出てきます。サンゴがCO2を固定しているという証明の研究を現在行っていますが、美しいサンゴを守る意味でも海洋生物が炭酸カルシウムを作る意義は再検討されるべきだと思っています。幼い頃に、家族で語った「沖縄の美しいサンゴを取り戻したい」という願いが、研究活動を通して実現できるかもしれません。科学の世界は一枚岩ではなく、海洋生物がCO2固定に寄与しているという説にもさまざまな意見がありますが、これからも議論を続けていきたいですね。